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最高裁判所第二小法廷 昭和44年(オ)375号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人伏見禮次郎の上告理由第一、二点について。

第一審判決添付の別紙目録(一)記載の土地(以下本件土地という。)は、かねてより被上告人会社の所有であつたこと、上告人教会は、もと大阪市a区b方面に教会堂を有していたが、これを戦災によつて焼失したため、戦後は、本件土地に近接するD牧師の私宅の一部を礼拝堂として宗教活動を続けていたこと、ところが、同牧師の私宅では手狭であつたため、新たに礼拝堂を建築すべき土地を物色することとなつたが、たまたま、右牧師と親密な間柄にあつた訴外Eが被上告人会社の大株主であつて同会社の実権を掌握していたところから、昭和二四年初頃、D牧師とその友人のFが右E方を訪れ、礼拝堂建築のための適当な土地の提供方を依頼するに至つたこと、これに対し同人は快くこれに応じ、その結果、被上告人会社と上告人教会との間で本件土地を礼拝堂建築のための用地として、無償で期限の定めなく、貸与する旨の使用貸借が成立したこと、これに基づき上告人教会は、昭和二五年初頃本件土地上に木造瓦葺平家建布教所一棟建坪約二三一・四〇平方メートル(以下本件礼拝堂という。)を建築し、昭和三三年一二月頃本件土地上に木造瓦葺二階建居宅一棟建坪三四・六一平方メートル、二階坪三七・五五平方メートル(以下本件牧師館という。)を建築したこと、被上告人会社は、上告人教会に対し昭和三九年七月二五日到達の郵便をもつて、到達の日から一ケ月を経過したときに右使用貸借契約を解除する旨の意思表示をしたこと、以上の事実は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の適法に確定するところである。そして、原判決は、右使用貸借は返還の時期を定めないものの、本件礼拝堂を建築所有することを目的として成立したものであるが、貸主たる被上告人としては、上告人が右礼拝堂所有のための使用を終つたときか、または、そのような使用をなすに足るべき期間を経過したときでなければ、本件土地の返還を請求することができないと解すべきではなく、当事者双方の事情を考慮したうえ、契約の時より相当の期間を経過したと認められる場合には、目的に従つた使用収益をなすに足るべき期間を経過したものとして、貸主は目的物の返還を請求することができると解するのが相当であると判示したうえ、被上告人会社が上告人教会に対し本件土地の返還を請求したのは、使用貸借成立のときからすでに一五年八ケ月を経過していたこと、被上告人会社が上告人教会に本件土地の返還を請求したのは、被上告人会社がその事業として本件土地に隣接する土地において経営するモータープール拡張のため、その地形上本件土地を自ら使用することを是非必要とするようになつたこと、昭和三五年頃から本件土地の明渡しを求めるとともに、代替地の提供、斡旋にも尽力し、地上建物の移転費についてもその一部を負担する意向を示していたが、結局代替地として提供されたものがいずれも上告人教会の満足するものではなかつたため交渉は行詰つたこと、を認定して、これらの諸事情を考慮するならば、右解除当時すでに、前記の相当の期間を経過していたものと認めるのが相当であるとの理由で、本件使用貸借が昭和三九年八月二五日かぎり解除によつて終了したと判断しているのである。

思うに、本件土地の使用貸借は、上告人教会の事業目的である伝道、礼拝等のための礼拝堂を建築所有することを目的として成立したものであるが、本来使用貸借は、賃貸借と異なり無償の法律関係であることにかんがみると、右礼拝堂が朽廃するか、礼拝堂の事業目的が終了しないかぎり当然に使用貸借が終了しないと解すべきではなく、契約成立の時より相当の期間が経過した場合には貸主に返還請求権を認めるべきこと、原判決の説示するとおりである。しかしながら、その期間の経過が相当であるか否かは、単に経過した年月のみにとらわれて判断することなく、これと合わせて、本件土地が無償で貸借されるに至つた特殊な事情、その後の当事者間の人的つながり、上告人教会の本件土地使用の目的、方法、程度、被上告人の本件土地の使用を必要とする緊要度など双方の諸事情をも比較衡量して判断すべきものといわなければならない。

ところで、前記認定事実によれば、被上告人会社が上告人教会に対し本件土地の返還を請求した当時、使用貸借成立のときである昭和二四年初頃からすでに一五年八ケ月を経過していたというのであるから、年月の経過としては、一応相当な期間と解しえないことはない。しかし上告人教会は、昭和三三年一二月頃本件土地上に本件礼拝堂に付属する建物として本件牧師館を建築して所有するに至つたというのである。そうすると、その牧師館の建築にあたり被上告人会社において異議を述べるなどその建築を阻止する態度を示していなかつたとすれば(第一審における証人Gの証言によれば、かえつて被上告人会社の常務取締役であつた訴外Gが、その建築を承諾していた事実が窺われる。)、被上告人会社と上告人教会との間で昭和三三年一二月頃本件土地を上告人教会の事業目的である礼拝等のため本件礼拝堂所有の目的でなお使用継続することを相互に了解し合つたものとみることもできないわけではなく(第一審における証人Hの証言、上告人教会代表者尋問の結果によれば、上告人教会は、他に所有していた土地を売却して、右牧師館建築の費用にあてた事実が窺われる。)、その後返還請求までに数年しか経過していないことを考慮すると、この事実は、本件返還請求の許否の判断に重要な影響を与えるものといわなければならない。すなわち、右時期における使用継続についての相互了解が肯定されるときは、さらにその後に使用継続を否定しうる特別な事情の生じたことが認められないかぎり、本件土地の使用貸借を解約しうる程度に相当期間が経過したとは、たやすく断定しえないからである。この事情についてみると、まず原判決は、被上告人会社がその経営するモータープール拡張のため、その地形上本件土地を自ら使用することを是非必要とするようになつたというのであるが、それが昭和三三年一二月頃予見しえない事情であつたのか、本件土地の明渡しを得なければ、地形上所有土地の利用に重大な支障を生ずる状況にあるのかについては、原判示によつてはいまだ窺うことができないのであり、また被上告人会社において代替地の提供斡旋にも尽力したというのであるけれども、上告人教会の側においてこれに応じなかつたことに合理的理由がなく、むげにこれを拒否したものであるかどうか、すなわち使用貸借の当事者間に要請されるべき信義にもとるような忘恩的行為があつたのかについても明確ではなく、叙上の特別な事情が生じたとはいいがたいのである。要するに、本件牧師館の建築にあたつての被上告人会社の承諾の有無、その当時における本件使用貸借の継続についての相互了解の程度、内容いかんが本件返還請求の許否の判断に重大な影響があるものと解すべきところ、原判決は、この点に十分なる思いをいたさず、右事情について何ら判示することなく、本件解約の意思表示による使用貸借の終了を肯認したのであつて、審理不尽、理由不備の違法があるものといわなければならない。したがつて、原判決を破棄し、右の点についてさらに審理をつくさせるため、本件を原審に差し戻すを相当とする。

よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴法四〇七条一項の規定に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)

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